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【彼氏・彼女】黒髪の姫と恋に落ちた【5】【体験談】

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――翌日、祖父の実家

さーーーー

黒髪娘「雨だなぁ、男殿」

男「そうだな」

黒髪娘「春の初めの雨だ」

男「そのへんちょっと感覚ずれてるよな。

 まだまだ寒いじゃないか」

黒髪娘「温かくならなくても、年さえ開ければ春だ。

 同じ寒くても、これから小さく堅くなって行く年末の寒さと

 どこかにほころびを感じさせる、年明けの寒さは違う」

男「そっか? でもまぁ、そうかもな。

 雪じゃなくて、雨だしな」

黒髪娘「これでは今日は外には出られぬな」

男「行けない訳じゃないけれど、

 家にいるのが良さそうだ」




黒髪娘「男殿は何をしているのだ?」

男「調べ物と、レポート」

黒髪娘「そうか。……私もここで本を読んでいて良いか?」

男「もちろん」

ぺらり/カタカタカタ

黒髪娘「……」

男「……」

黒髪娘「……」 もぞもぞ

男「……どした?」

黒髪娘「背中が温かくてくすぐったいのだ」

男「何もこんなにくっつかなくても良いのに」

黒髪娘「部屋の中で、ここが一番温かく思う」

男「そうですか」

黒髪娘「うむ」

ぺらり/カタカタカタ

男「……」

黒髪娘「……」

男「……」

黒髪娘「――我がせこが衣はる雨降るごとに

      野辺の緑ぞ色まさりける」

男「それ、どんな歌なんだ?」

黒髪娘「それは、つまり……

 衣替えをして、雨が降るごとに、春の緑が濃くなる。

 そういう歌だ」 そわそわ

男「そうか。そういえば“一雨ごとに”なんて云うものな」

黒髪娘「そういうことだ」

男「ん?」

黒髪娘「なんだ?」

男「頬っぺ赤いぞ?」

黒髪娘「そんなことはないっ」

男「ふむ」

ぺらり/カタカタカタ

黒髪娘「……」 どきどき

男「……なんかさ」

黒髪娘「うむ?」

男「小腹減った」

黒髪娘「……そうかも知れぬ」

男「ドーナツは腹持ち悪いなぁ」

黒髪娘「蕩けるばかりに美味であるのにな。

 浮き世の栄華とは本当にむなしいものだ」しょんぼり

男「栄華ってほどのものか?」

黒髪娘「どおなつに勝る栄耀栄華はあるまいっ」

男「そうかそうか。んー」のびっ

黒髪娘「男殿は大きすぎる」

男「何か言った?」

黒髪娘「見上げるようだ」

男「黒髪が小さいんだよ」

黒髪娘「わたしは標準的な身長だ」

男「……何か食べるとするか」

黒髪娘「ご相伴する」

――祖父の家、台所

男「黒髪ー?」

黒髪娘「ん。ここにいるぞ」

男「お前、餅何個食べる?」

黒髪娘「餅を食べるのか?」

男「このサイズだぞ。ほら」

黒髪娘「存外小さいな。私は3つだ」

男「んじゃ、俺は4つ~」

黒髪娘「焼くのか? 雑煮か?」

男「どうすっかね。チーズいれちゃおっかなぁ」

黒髪娘「ちいず?」

男「いや、間食で高カロリーは危険かな?」

黒髪娘「ちいず……」どきどき

男(まぁ、いいか。こいつそうゆうの関係なさそうだし)

黒髪娘「ちいずとはなんだ?」

男「美味い食べ物だよ」

黒髪娘「それはたのしみだ!」 ぱあぁっ

――祖父の家、居間

黒髪娘「美味しいではないか!」

男「落ち着け」

黒髪娘「餅と同じように伸びるとは」

男(可愛いヤツだな。ぷくくっ)

黒髪娘「熱くて、とろりとしていて」

男「ほら、慌てると、髪についちゃうぞ。

 右大臣家の娘なんだろう?」

黒髪娘「それもそうだ」 あむ、あむっ

男「ほら、お茶おくぞ。喉に詰まらせるなよ」

黒髪娘「いくら何でもそこまで子供ではない」むっ

男「くははっ。判った判った」

黒髪娘「この、まろやかな塩味がたまらぬ。

 美味く表現できぬが、一個食べるともう一個。

 ふたつめを食べると三つめが食べたくなる味だ」

男「ああ、チーズの溶けたヤツって

 そう言うところ有るよなー。わかるわかる」 もぐもぐ

黒髪娘「……」 じー

男「……」 もぐもぐ

黒髪娘「……」 ちらっ

男「もう一個欲しい?」

黒髪娘「……そうとも云える」

男「……半分こだからな」

黒髪娘「うむ」 にこっ

男「ん。美味いなぁ」

黒髪娘「美味しいなぁ。こちらのものは何でも美味しい」

男「あっちのだって美味しいぞ?」

黒髪娘「もてなしの心で用意しているのだ」

男「こっちだってそうさ」

黒髪娘「そうなのか?」

男「確かにこっちは変わった物があるように

 見えるかも知れないけれど、例えば近海産の

 天然の鯛やカニなんて、一人が食うくらいで

 七千円とか八千円とかするものもあるんだぞ?」

黒髪娘「なんとっ!?」

男「な? ものすごく値段が上がって

 高級になったものもあるんだよ。

 たとえば、生の山葵(わさび)なんて

 いまは普通のご家庭じゃ高くて

 滅多にお目にかかれるような食べ物じゃない」

黒髪娘「そうであったのか」

男「だから、おれがあっちで受けたもてなしは

 本当に大盤振る舞いの、大ご馳走だったんだよ」

黒髪娘「ふむ……。興味深いな」

男「だから、あんまり気を遣うことはないぞ?」

黒髪娘「うむ、わかった」にこっ

男「腹が一杯になったらごきげんか?」

黒髪娘「わたしはいつでも機嫌は良い。

 男殿と一緒にいる時ならばなおさらだ」

男「え。……あ」

黒髪娘「どうしたのだ?」

男「いや、その」

 (そう言うこと、不意打ちで云うかな。この中学生めっ)

――夜中、祖父の家の廊下

じゃぁぁ~

黒髪娘「寒い」 ぶるるっ

黒髪娘「千年たっても厠(かわや)の寒さは変わらぬのだな。

 何でそう言うところだけは変わらないのだろうな」

ぶるるっ。

黒髪娘「寒い……。早く布団に……。ん」

黒髪娘「――」

黒髪娘「これは、満月……か。

 雨も上がり、なんと冴え冴えとした……春の、月」

黒髪娘「変わらないのは、月の光」

黒髪娘「……来て、良かった」

からり

男「……すぅ。……ん」

黒髪娘「……」

男「……すぅ。…………くぅ」

(あの髪に、触れたい。触れて、欲しい)

黒髪娘「……」 おずおず

さわっ。……なで。……なで。

男「……んぅ」

黒髪娘「っ」ぴくんっ

男「……すぅ。……くぅー」

黒髪娘 ほっ

(月の光で……。男殿が。……なんだか)

男「……んぅ? 黒髪……? といれか?

 ――寒いぞ。……んぅ。

 ……布団入らないと、寒く……なるぞ?」

黒髪娘「あ……」 こくり

男「……すぅ」

黒髪娘(いま……溢れた。

 ……いま、判った)

男「……すぅ。…………くぅ」

黒髪娘(やっとわかった。

 ……これが、そうなんだな。

 そうか……。これは、知っている。

 この気持ちは、ずっとわたしの中にあって……。

 男殿に触れられる度に育って……。

 今、溢れたんだ……。

 こんなに近くにあったのだ……)

男「……冷えちゃうぞ? んぅ。……黒髪」

黒髪娘「はい」

男「……ん?」

黒髪娘「はい。男殿」 にこり

男「……? ……すぅ」

黒髪娘「月の光が凍ってる。

 今晩は、特に冷える。

 暖かい布団を分けて下さい。男殿」

――祖父の家、和室

チチチ。チチチチッ。

男「……すぅ。…………くぅ」

黒髪娘「……すぅ。……んに」」

男「……」ぽやぁ

黒髪娘「……くぅん」

男(何で……黒髪が同じ布団にいるんだ?

 ……夜? トイレ帰りに……)

――暖かい布団を分けて下さい。男殿。

男「っ!?」

黒髪娘「くぅ……。んむぅ……」 ぎゅっ

 小さい/桃の匂い/鼓動ぎ/

 細い指/パジャマ/

 まつげ長い/体温/衣ずれ/

 甘い声/しがみついて/体温/くすぐったい――

がばっ!

黒髪娘「んぅっ……」

男「……おはよ」

黒髪娘「……はよ」ぽやっ

男「……」 ばくばくっ

黒髪娘「……眠ぃ」 くてっ

 体温。

男(ううっ。自覚無いのか、こいつ……。

 何で布団に入ってるんだよっ。いくら寝ぼけてたって……)

黒髪娘「……くぅ」

男「そろそろ、起きない?」

 しがみつく小ささ。

黒髪娘「……いまひととき。もうちょっと」

男「そうですか」 びくびく

 みじろぎ。

黒髪娘「男殿とくっついてると、温かいのだ」

男「……そだけど」

 甘い呼吸。

黒髪娘「んぅ」 きゅっ

――祖父の家、朝の台所

ジャァァァー。

男(……)

男(今朝のあれは……。多分……。

 そう言うこと何だよなぁ。

 ……。

 フラグ立てちまったか……?)

男(そりゃ心当たりは色々あるけどさ……)

パチパチ。トントントン。

男(いざ、そうなってみると、衝撃だわ。

 ……抵抗できないとは思わなんだ。

 どんだけ弱いんだよ、俺……)

 くちびる。

男(ううう……)

 華奢なくびすじ。

男(ううう……。うわぁぁっ!)

男「違うんだ。俺は決してロリではないっ!!」

かちゃっ!

黒髪娘「男殿、顔も洗ったし、衣服も改めたぞ」にこっ

男「~っ!!」 びくっ

黒髪娘「どうしたのだ?」 きょとん

男「いや、なんでもないよ?」 あせっ

黒髪娘「そうか。……ふふふっ。

 どうだ? ちゃんと洗えただろう?

 ハミガキもしたぞ? 桃の匂いだぞ」 つんつん

男「お、おう。良くできた」

黒髪娘「この程度、なんでもない」

男「……」

黒髪娘「……?」

男「朝ご飯にするか?」

黒髪娘「うむっ」

――祖父の家、居間

男「もう一枚食べるか?」

黒髪娘「いただく」

男「ほいっと。……ジャムか?」

黒髪娘「自分で塗れる……と思う。……ほら」にこっ

男「覚えたな」

黒髪娘「もちろんだ」

男(機嫌良いな……。これは、その。

 やっぱり、そう言うことなんだろうなぁ)

黒髪娘「どうだ?」

男「完璧だぞ」

黒髪娘「うむ」 にこっ

男「なんだかんだで、もう最終日か……」

黒髪娘「そうだな」

男「今日はどうする?

 帰還は夜の19時ってとこだと思うけど」

黒髪娘「後どれくらいあるのだ?」

男「11時間かな。昼は食べるとして、いや。

 夜も食べた方が良いのか」

黒髪娘「食事を決めるのか、予定を決めるのか」

男「同じ事だろう?」

黒髪娘「むぅ。……男殿と一緒ならば、それで良いな。

 出掛けたとしても余り見て回ると、

 体調に差し支えがありそうだ」

男「体力ないもんなー」

黒髪娘「淑女としてはしかたないのだ」

男「……ノーパソで映画でも見るかぁ」

黒髪娘「てれびんか?」

男「似たようなものだよ」

黒髪娘「楽しみだな」 にこっ

――夕刻、祖父の家

かたたん。からり。

姉「こーんばんわー♪」

男「おう。姉ちゃん」

黒髪娘「こんばんは、姉御殿」

姉「黒髪ちゃん。可愛いねっ」 ぎゅっ

男「抱きつきはやっ!?」

黒髪娘「くすぐったいのだ」にこり

姉「ぶぅぶぅ。いいじゃないのよ。

 黒髪ちゃんはわたしのものなのよ?」

男「それはないだろ」

黒髪娘「姉御殿にはお世話になったのだ」

姉「今日、帰るんだよね」

男「そうだよ」

姉「いつごろ?」

男「あと数時間で出る」

黒髪娘 こくり

姉「……ふむ」

男「どした?」

姉「ううん。えっと、お土産持ってきた」

男「なにさ?」

姉「んっとねー。桃シャンプーと、下着と、

 ネイルケアの道具と、あとコンビニのお菓子と」

男「姉ちゃん。こいつ、そんなに持ってくのは……」

黒髪娘「いいのだ。男殿。有り難く頂きたい」

男「そか……」

黒髪娘「何から何までお世話になった。姉御殿」ぺこり

姉「いーのいーの。可愛い黒髪ちゃんと

 遊べて楽しかったわ」

男「遊んだだけだもんな、ほんと」

姉(ふむふむ……。雰囲気がねー……) くいっ

  男「なんだよ」

  姉「どうしたのよ。黒髪ちゃんとの距離が近いじゃない。

   具体的に云うと、この間より20cmくらい。

   隣にいるのが当然みたいに座っちゃって」」

  男「う゛」

  姉「なんかあった?」

  男「あったような……。無かったような……」

黒髪娘「?」

  姉「まーだ煮え切らないんだ。あんた」

  男「煮え切ると各方面に迷惑掛けるのっ」

  姉「物事の優先順位判定、間違えないようになさいよ」

  男「……」

  姉「“あんたの苦労”なんて一番優先度低いんだからね」

姉「ま、いいわ。ん。

 ……今日は帰るね」

男「へ? お茶くらい入れるぞ?」

黒髪娘「そうです。こんな早々に」

姉「いーのいーの。顔みてお土産渡したかっただけ。

 それに、お迎えとか、送り届けとかさ。

 私が見ない方が、良いんでしょ?」

男「姉ちゃん……」

姉「いや、違うよ? 時間がもうちょいだから

 二人っきりにして上げようとか云う

 そういうらぶろまな心遣いじゃないよ?」 にやにや

男「とっとと帰れよ」

黒髪娘「ふふふふっ」

姉「ま、いいわ。……がんばんなさい」

男「ったく。わかったよ」

黒髪娘「ありがとうございました。姉御殿」

――夜、祖父の家の納戸

黒髪娘「そろそろかの」 どきどき

男「うん。もうちょい。時間がずれちゃうから、

 なるべく正確に戻らないと菜」

黒髪娘「あちらでは30日が経過しているのだな」

男「そのはず。吉野で静養って話になってるんだよな?」

黒髪娘「友が万事問題なく手配してくれているとは思うが」

男「まぁ、大丈夫だろう」

黒髪娘「……うん」

男(――“花鳥文螺鈿作り黒檀長櫃”。

 チャンスを捉えて何とか調べておかないとなぁ)

黒髪娘「男殿……?」

男「ん?」

黒髪娘「その」

男「うん」

黒髪娘「……」

男「大丈夫。ちゃんと帰れるよ」 ぽむぽむ

黒髪娘「うむ。……友が待っていてくれるものな」

――黒髪の四阿、深夜

がたがたがたっ。がぽんっ!

……しゅとっ。

男「っと、っと、っと。よいしょ」

黒髪娘「す、すまぬ」

男「二人一緒はさすがに狭かったか」

黒髪娘「うむ。でもそれで良かった」

友女房「姫様っ!」

黒髪娘「友っ。どうだ? 今はいつだ?」

友女房「きっかり30日、予定どおりでございますよ」

男「ほっとした」

友女房「ええ。男様、ありがとうございました!」

黒髪娘「久しぶりの庵だなぁ。

 真夜中だが、湯浴みの準備を頼んでも良いか? 友」

友女房「ええ、もちろんでございます……が」

黒髪娘「ん? どうした?」

友女房「いえ、多少いろいろがございまして……」

黒髪娘「何があったのだ?」

友女房「いえ、私からは何とも……。

 まだ、確としたお話でもないと存じておりますし。

 詳しくは藤壺の上からお聞きになられた方が良いかと。

 “吉野からお戻り”の際は是非お会いしたいと

 何度か文の連絡を頂いております」

黒髪娘「そうなのか……。何があったのだろう。

 わかった。明日にでも文を送ってみよう」

友女房「それが宜しゅうございますよ」

下級女房「――」

友女房「姫、湯浴みの準備があるそうです。よろしいですか?」

黒髪娘「うむ、わかった。

 ……男殿、しばらくお待ちを。炬燵にでも入っていて欲しい」

男「ああ、判ったよ」

とててててっ。

友女房「男殿、お時間を宜しいですか? お話があるのです」

男「判った。こっちも聞きたいことがあったんだ」

――数日後、藤壺の宮

藤壺の君「吉野から良くお戻りになられて、

 黒髪の姫。皆も心配していたのですよ?」

黒髪娘「はい。ありがとうございます……」 ふかぶか

藤壺の君「さる歌会はまだ雪残る春でしたが、

 はや、山裾には桜の袖がひろがっております」

黒髪娘「はい。風に舞うは雪のよう……」

藤壺の君「本当に……」

黒髪娘「……」

藤壺の君「お茶を入れさせましょう」 ぱちん

しずしず

藤壺の女房「……失礼いたします」

藤壺の君「……」

黒髪娘「……」

藤壺の君「実は、お話ししたいことがありお呼びしたのです」

黒髪娘「はい」

藤壺の君「……話は半月ほど遡るのですが

 承香殿(じょうきょうでん)※で鶯の音を愛でる宴が

 催された折のことです」

黒髪娘「……」

藤壺の君「宴そのものは、鶯の音こそ少ないものの

 盛会でした。管弦の楽の音は素晴らしく

 特に中将の笛は昨今にないあでやかさでした。

 それはよいのですが、その宴の折に

 黒髪の姫の話題が出たのです」

黒髪娘「わたしの……?」

藤壺の君「ええ。くだんの歌会からこちら

 姫の話は宮中の噂の的でした。主にその学識や

 見識の高さ、歌を詠む姿勢などですが

 臨席された帝が興味を持たれて」

黒髪娘「帝が?」

※承香殿(じょうきょうでん):内裏(天皇の住む

 私的な場所)の建物の一つ。かなり格が高い。

友女房「ええ、どうやら噂の方はもうすでに

 ご存じのようでした。いえ、おそらくは……

 尚侍のこともお心をいためておいでだったのでしょう。

 その席でも、哀れみ深いご様子で。

 そして、ではならば、歌集の編纂でも、

 とのお言葉があったのです」

黒髪娘「歌集……ですか!?」

友女房「まぁ」

藤壺の君「ええ。ご存じの通り勅撰集※の選者は

 今まで女性が選ばれたことはございません。

 ですから戯れ言だという者もいますし

 おそらくは帝のご意志とは言え、院か後宮を

 通して私的な依頼で……

 私撰と云う形になるでしょうが。

 しかし、いずれにせよ帝の口から零れた言葉。」

黒髪娘「……」

藤壺の君「宴の席のこととは言え、

 仇やおろそかには出来ませぬ……」

※勅撰集:帝もしくは上皇が命令して編集した歌集。

国家の一大文化事業で、選者にえらばれるというのは

「国で一番わかってるひと」認定だった。比して私人

の資格で選定を行なった歌集は私撰和歌集。

黒髪娘「……」

友女房 がくがくぶるぶる

藤壺の君「正式な勅は未だ出ておりませんが

 女性でありながら、帝の信任を受けて

 選者に選ばれるかも知れぬ姫の噂で持ちきりです。

 このままで行けば、遠からず何らかの話が

 持ち上がるでしょう。

 帝自らが動かなくてもそのように進むのが内裏。

 それは黒髪の姫も重々ご承知でしょう」

黒髪娘「それは……」

藤壺の君「黒髪の姫が代理への出仕を

 避けていらっしゃったのはもちろん存じております。

 もしかしたら出家を考えていらっしゃるのかとも

 思いましたが、前回の宴で、遠慮深く恥じらいを持つ

 清らかなる方と判りました」

黒髪娘「……」

藤壺の君「……。姫……」

黒髪娘「はい……」

藤壺の君「歌集の編纂ともなれば、

 多くの時を必要としましょう。

 短くとも一年。長ければ、それこそ十年が

 かかってもおかしくはありません。

 それだけにその名誉は計りがたいものがあります。

 私的な依頼とは言え、帝のご意向の選者。

 それは内裏……いえこの都一番の

 歌い手、技芸の理解者と目されると云うこと」

黒髪娘「わたしのような浅学非才のものに勤まるとは……」

藤壺の君「……姫。あの日の姫の瞳を覚えています」

すっ

黒髪娘「あっ……」

藤壺の君「たしかに、この任は重いでしょう。

 姫が嫌悪されていた、内裏の政争の駒と

 なることもあるでしょう……。

 でも、本当の姫は“羽ばたいて”みたかったのでは

 ありませぬか? 中納言の二の姫との歌合わせを

 見て私はそう感じたのです」

黒髪娘「……それは」

藤壺の君「……十分に考える時間や選択の自由を

 差し上げられれば良いのでしょうが、

 わたし達にそれはありません」

黒髪娘「はい……」

藤壺の君「おそらく宣下※は正式には出ないでしょう。

 今この場を持って、引き受けて頂けるでしょうか?」

友女房(姫を最大限立てて下さっているけれど

 おそらく藤壺の上も

 この話に巻き込まれていらっしゃる……。

 この場を断っても、宣下を断ったことにはならない。

 だから、即座に右大臣家の取りつぶしにはならないけれど

 その場合は藤壺の上が帝のご意志に反したと……)

黒髪娘「謹んでお受けいたします。

 精一杯勤めさせてご覧に入れましょう」

友女房(……姫)

藤壺の君「ありがとうございます。

 黒髪の姫。……藤壺はあなたに借りが出来ました。

 必要なものがあれば何なりと協力させて下さい」

宣下※:天皇の命令書。出ちゃうと取り消せないので、

かなり重大なのだ。

――右大臣家、本宅

右大臣「ははははっ! 今宵は宴だ!

 皆のものも食ってくれるが良い!

 飲んでくれるが良い!

 我が娘がとうとう選者としての仕事を仕留めたぞっ」

下の兄「おめでとう。黒髪」

上の兄「かっ。この勉強娘が。やりやがったな」

黒髪娘「いえ、父上、兄上のお陰です……」

右大臣「いやいや。お前は物心ついた時より

 書物一筋、学問一筋。他の姫がだんだんと色気づき

 文の一つも書いてみようか、衣の色でも合わせて

 みようかという年頃になっても、毎日毎日

 毎日毎日、来る日も来る日も

 ずぅぅぅ~っと漢詩だ律令だ歌だと勉学ばかり。

 どこをどうやってこんなに色気のない子に

 なってしまったんだろうと、

 我ら一同涙にかきくれていたのだっ!」

下の兄「父上、言い過ぎですよ」

継母「おとど、おとど」

右大臣「いやいや。その暗黒青春時代をも

 我は祝っておるのだ。あの蚕のような籠城も

 この選者選出への伏線だと思えば納得というものよ!」

友女房(大殿様は悪い方ではないんだけど、

 お酒が入るとお馬鹿になってしまうのですよね……)

下の兄「でも良かったよ。黒髪。

 学芸の道で身を立てるのは、君の望みだったものね」

上の兄「宮中の女なんぞ、雑魚ばかりよ。

 待ち技、はめ技、あげくに泣き落とし。

 俺の妹は正々堂々立ち技勝負だ。良いじゃねぇか!」

下の兄「兄さん、また義姉さんに?」

 友女房「上の奥様は目元に涙を溜めて良妻を

  演じる達者でございますからねぇ……」(小声)

上の兄「べっ、べつに俺はあんなの怖くねぇぜ?

 女は色々小手先の謀でめんどうくせぇって話だっ」

右大臣「ははははっ! 何をしけた顔をしているのだ。

 今宵はめでたい宴の席ぞ! 帝のお声掛かりともなれば

 我が右大臣家の将来も約束されたがごときもの!

 さぁ、皆のもの、下々のものも杯を掲げよ!

 今宵の酒は祝いの酒じゃ!」

――牛車の中

(今宵の酒は祝いの酒じゃ!!)

黒髪娘「……」

友女房「……」

(おめでとう、黒髪。やっとこれで仕事を得たね)

黒髪娘「めでたき、事なのだろうな」

友女房「……」

(はん! 右大臣の秘蔵の娘だぜ? あったりまえだ)。

黒髪娘「父上も義母上も、兄上達も喜んでいた」

友女房「……ええ、さようでございますね」

黒髪娘「これが……」

友女房「……」

黒髪娘「これがわたしの立っている場所なのだ。

 ……余りにも、綺羅めかしい華胥の夢を見て

 わたしは忘れていたのかな……」

友女房「……姫様」

黒髪娘「どうしたのだろう。

 こんなにめでたいのに。

 こんなにも嬉しいのに。

 学識を認められて、お飾りの尚侍ではなく

 わたしは本物のわたしになりたかったのに……。

 望んできた夢が目の前にあるというのに

 心の一部が引きちぎれそうになる」

友女房「姫様……」

黒髪娘「……私は意気地がない」

友女房「……」

黒髪娘「心弱い、駄目な人間だ……」

友女房「……」

黒髪娘「最初から判っていたはずではないかっ

 こちらとあちら。

 ――こちらとあちらなのだ。

 触れあえたとしても、交わらぬ。

 そんな事は、少し考えれば判りそうなものを……っ」

友女房「姫様っ」

黒髪娘「……すまぬ」

友女房「……」

ふわり、なで。

黒髪娘「友……」

友女房「……姫の、為さりたいように。

 男様にお話しなさいませ……。正直に」

黒髪娘「――友?」

友女房「男様に、以前、お話ししました。

 “尚侍は、帝と東宮のモノ”だと。

 いまは縁遠くあれど、結局は、そうなのだと」

黒髪娘「……」ぎゅっ

友女房「でも、同時にこうも言ったのです。

 “このまま庭の片隅で咲いて、

 誰見ることなくひっそり朽ちる姿は見たくない”と」

黒髪娘「え……」

友女房「ええ。そうですとも。

 そもそも男殿の後押しがなければ藤壺の上の

 歌会に姫が出ることも無かったでしょう?

 そうすれば選者へという話もなかったのです。

 ですから全てを捨てて男殿へと身を託すというのも

 悪くはありません」

黒髪娘「そんなっ! そんな事になればっ」

友女房「はい」

黒髪娘「私はともかく、父上も、兄上もっ」

友女房「ええ」

黒髪娘「宣下ではないとはいえ、帝のご意向に逆らえば

 父上も兄上も恥ずかしくて出仕など出来ない。

 お怒りが解けるまで何日でも何年でも謹慎せざるを得ない。

 藤壺の君だってご対面を潰されてしまう」

友女房「ええ」

黒髪娘「友だって」

友女房「ええ」

黒髪娘「判っているのか。そんなことはっ」

友女房「ひめ、ひめ」きゅぅ

黒髪娘「――っ」

友女房「それが恋の淵です。私は姫が大人になられて

 嬉しくもあるのですよ……」

黒髪娘「それでも、私は右大臣家のっ。

 くぅっ。

 ううっ……。ううっ……」

――黒髪の四阿

黒髪娘「男殿っ。来ていたのか?」

男「お邪魔してるよ~」

カタカタカタカタ

黒髪娘「……」

友女房「では、わたくしは

 茶の準備などしてきましょう」 ぱたぱたっ

男「……」

黒髪娘「……」

カタカタカタカタ

男「……どした?」

黒髪娘「う、うむ……」

男「座らないのか?」

黒髪娘「……男殿。そこへ、行っても良いか?」

男「ん? ああ」

黒髪娘「……」ん、するり

男「どうしたんだー? こんな所」

黒髪娘「男殿の膝に抱えられたかったのだ」

男「……そっか」

黒髪娘「……」

男「……」

黒髪娘「男殿の世界でも、恋する二人は膝に抱えあい

 睦言をかわしたりするのか……?」

男「ああ、するな」

黒髪娘「……」

男「どうした? 泣きそうな顔で。黒髪」

黒髪娘「だって男殿の膝が余りにも……優しい。

 卑怯だ。こんなもの」

男「なにいってんだ」

黒髪娘「卑怯だぞ」 ぐすっ

男「……ったく」 くしゃくしゃ

黒髪娘「男殿……?」

男「どした?」

黒髪娘「男殿は、すこしは……。

 わたしに好意を抱いてくれていると、自惚れていたのだ。

 子供だといわれても、私がこのように不器量でも。

 それでも、男殿は……。

 私に少しくらいは、好意を持っていてくれると……」

男「……」

黒髪娘「私は、間違っていたか?」

男「……」

黒髪娘「……」じぃっ

男「間違って、無いよ」

黒髪娘「私は、男殿が好きだ。

 ……生まれて初めて好きになった殿御だ。

 羽衣のように浮き立ち胸躍るような思いも

 哀れなくらい狼狽えてみっとうもない思いもした」

男「……」

黒髪娘「初めて……恋の歌の意味が、判りもした」

男「……」

黒髪娘「――あふまでとせめて命のをしければ

     恋こそ人の命なりけれ」

男「……」

黒髪娘「私を……男殿のものにしてくれぬか?」

男「やだ」

黒髪娘「……っ」

男「まぁ、おおよその事情は、判ってる」

黒髪娘「え?」

男「伊達に饅頭ばらまいてたわけじゃないし。

 宮中の噂は、女房や雑色の方が詳しいよ。

 貴族がクライアントやサーバだとしても

 情報伝達には使用人を使わざるを得ないのが

 この世界のネットなんだしさ」

黒髪娘「ならば、なんでっ」

男「でもやだ」

黒髪娘「何故っ」

男「そういう自棄っぽいのには付き合えません」

黒髪娘「……」 きっ

男「そんなところに追いつけるために

 爺ちゃんは黒髪を生徒にした訳じゃない。

 俺だって黒髪と一緒に過ごした訳じゃない」

黒髪娘「でも、それでもわたしは……」

男「そもそも黒髪の望みだったろ?」

男「違うのか?」

黒髪娘「……それは……そうだ」

男「だったら何で立ち止まる」

黒髪娘「立ち止まりたい訳じゃない。

 でも私は意気地が無くて、幼くて。

 あまりにも……愚かだったから。

 だから、気が付かなくて。

 気が付かないで好きになって。

 どうしようもないほど好きになって。

 だから、だから……。

 一度くらいは」

男(やっぱなぁ……。“一度”くらい、ね。

 そういう魂胆かぁ……。まったくさっ)

黒髪娘「お願いだ」 ふかぶか

男「土下座されたってやだね」

黒髪娘「――っ」

男「選者になるんだろう?

 歌会の時にも云ったけれどもっかい云う。

 ……やっつけちまえ。

 爺さんに見せつけろ。あと宮中にも。

 いつまでも他人の影に隠れた

 負け犬顔の黒髪は見たくない」

――祖父の実家、納戸

がたがたがたっ。がぽんっ!

男「っと……」

かたん

男「はぁ……」

男(なんだろうな。上手くは行かないや……。

 他人のことは、云えねぇし。

 黒髪のことを馬鹿にするほど、俺大人じゃねぇじゃんな)

(だから、だから……。一度くらいは)

男「一度で満足できるくらいなら童貞やってねぇっての」

(私に少しくらいは、好意を持っていてくれると……)

男「いまさら、何言ってるんだよ。あの馬鹿」

ガラガラッ

姉「あっ」

男「いたのか!? 姉ちゃんっ」

――黒髪の四阿

黒髪娘「……」 ずぅん

かたり。しずしず……

友女房「あら、姫。……男殿は?」

黒髪娘「帰ってしまった」

友女房「……え?」

黒髪娘「どうやら、わたしはふられてしまったらしい」

友女房「え?」

黒髪娘「……あは。何度も言わせるな」

友女房「……」

黒髪娘「……」 ずぅん

友女房「姫……」

――藤壺、編纂のための借り部屋

藤壺の君「どうですか? 編纂は」

友女房「はぁ」

藤壺の君「姫は?」

友女房「あちらで死んでおります」

藤壺の君「……あら」

友女房「申し訳ありません」 ぺこぺこ

藤壺の君「いえ。……やはり、何かお加減が

 優れなくなるようなことがあったのですね」

友女房「はい……」

藤壺の君「何があったのですか?」

友女房「それは私の口からは」 きっぱり

藤壺の君「そうですか。そうですよね……」

友女房「どうしましょう。時間がないわけではないけれど」

藤壺の君「はぁ……事が事ですので……。

 時間をかければ癒えるかと申しますと

 癒えるとも思えるのですが、

 癒えて良いかと云えば姫付きの女房としても……。

 本当に申し訳ありません……」

――藤壺、初夏

黒髪娘「これは……後撰和歌集。分類を……

 こちらの束は……」 のろのろ

黒髪娘「……東歌、か。これはどうしよう。

 ……まずは、作者ごとに分けて……あっ」

ばさばさばさっ

黒髪娘「……くっ」

黒髪娘「……ダメだな。……わたしは」

ばさり。ばさばさっ……。

黒髪娘「春歌、夏歌……

 秋歌……冬歌……。この書き付けは……」 のろのろ

黒髪娘「――思ひやる心ばかりはさはらじを

     なにへだつらむ峰の白雲  ……か」

からり。

二の姫「真実ではないからですわ」

黒髪娘「これは、二の姫っ」

二の姫「ご無沙汰しています。黒髪の姫。

 吉野からお戻りと聞きお会いしたかったのですが」

黒髪娘「いえ。こちらこそ……申し訳ない。

 私撰歌集とはいえ、このような仕儀となり

 すっかり多忙に紛れ、文を差し上げることもしなかった

 わたしをゆるしてくれ」

二の姫「いえ。そのようなこと」すっ

黒髪娘「……?」

二の姫「すっかりおやつれになって」

黒髪娘「……そのような」

二の姫「“たとえ身を隔てられていても、

 恋い慕う心は妨げられずに通い合えばよいものを。

 なぜ峰の白雲はそれさえ遮るのか――”」

黒髪娘「ええ。後撰和歌集です」

二の姫「真実ではないからですわ」

黒髪娘「え?」

二の姫「真実であれば、雲や霞ごときに

 阻まれるはずはありません。

 貫き、たどり着くものが真実であるはずですもの」

二の姫「お加減がよろしくないと聞きました」

黒髪娘「恥ずかしく思う」

二の姫「撰者が重荷ですか?」

黒髪娘「……」 ふるふる

二の姫「恋――ですか?」

黒髪娘「……」

二の姫「撰者ともなれば宮中でも扱いも

 今までとは格段に違いましょうね」

黒髪娘「この一月で、歌会の誘いが七件もあった」

二の姫「ええ。そうもなりましょう」

黒髪娘「……」

二の姫「帝の寵あつく、歌集の編纂を上首尾に

 終えれば尚侍所へ末永く君臨も出来ましょうが」

黒髪娘「それを望んだことは、無かったのだ」

二の姫「そうなのですか?」

黒髪娘「そう望んでいたと、勘違いをしていた。

 わたしは、ただ見て欲しかっただけだ。

 だれかに、必要だと。そう言われたかっただけなのだろう」

二の姫「撰者がおいやなのですか?」

黒髪娘「それは違う。……勉学は好きだ。

 和歌、漢詩、明法、明経、本草、天文、算法。

 それらは暗闇の灯火のようにわたしを照らしてくれる。

 心細き孤独を暖めてくれた、またとない導き手だった。

 たとえ、何がどのようにわたしから失われようと

 わたしから彼らを嫌うなんて無いだろう」

二の姫「……」

黒髪娘「だから、それらを愛するわたしを

 そのままに受け入れて欲しかった。

 女子の身ではどのように勉学に打ち込んでも

 報われることのないこの世を恨んだ。

 四阿に引きこもり孤独に浸ったこともあった。

 全てが憎くて、羨ましかった。

 わたしはこんなにも学んでいるのに、と思うと

 男として官位を持つ兄さえもが妬ましかった」

二の姫「……」

黒髪娘「振り向いて欲しかった。

 世界に振り向いて欲しかった。

 それを希い、春の陽を、秋の月を学び過ごした」

黒髪娘「誰よりも筆写をした。

 苦にはならなかったな……。

 わたしには他に何もなかったから。

 他の娘が恋をして、涙に暮れていることを

 笑って欲しい。

 わたしは馬鹿にさえしていたのだ。

 愚かなことだと。

 誰よりも知を蓄えた。重ねた書は百を超えた。

 百巻の律令を覚え、天文算術を治めたわたしは

 自分を賢いと思っていた。俗世を降らぬと侮っていた。

 でも、誰よりも愚かだったのは、わたしだったのだ」

二の姫「……」

黒髪娘「世界に振り向いて欲しい、

 誰かに振り向いて欲しいと云うことと

 “あの方”に振り向いて欲しいということは

 まったく別のこと。

 ……そのようなことさえも判らなかったの」

二の姫「……恋しい方がいるのですね」

黒髪娘 こくん

二の姫「童女のように頷かれる」

黒髪娘「わたしは子供なのだそうだ。15にもなって」

二の姫「仕方有りません。恋、ですから」

黒髪娘「……」

二の姫「思いを告げ為さりませ」

黒髪娘「ふられてしまった」

二の姫「そう、なのですか?」

黒髪娘「わたしが愚かだったから。

 見透かされてしまったのだ。

 わたしを哀れに思ってくれるその優しき心にすがって

 ねだり、せがんだことを」

二の姫「……」

黒髪娘「なんと浅ましい娘だと軽蔑されただろう。

 以来、あの方はこちらを向いてはくれない」

二の姫「いいえ」 ふるふる

黒髪娘「え?」

二の姫「真実ではないからです」

黒髪娘「……そんなこと」

二の姫「そうなのです。

 真実ではないから、通じないのです。

 それは恋ですから、上手く行かないこともあるでしょう。

 でも、ねだる? 浅ましい? 見透かされる?

 伝わらなかったのは、黒髪の姫が

 黒髪の姫の真実を貫けなかったからではありませんか?」

黒髪娘「真実を……」

二の姫「時に。――これらは?」

黒髪娘「ああ。歌集編纂の下準備だ。

 手に入る限りの歌集と歌をあつめ、よりわけ

 春夏秋冬の四季と、離別、旅歌、東歌などのに

 分類している。長く、根気の要る作業だ」

二の姫「お一人で?」

黒髪娘「うむ。幸いわたしが今まで筆写した

 歌集は多い。藤壺の君も協力して下さる。

 うちは右大臣家だから、所蔵してある書物の数も

 相当なものになる。とは言え、集めなければならぬ

 資料もまだまだあるのだが……」

二の姫「ではどのような歌集にするおつもりですか?」

黒髪娘「それはやはり、格式を備え、

 今の御代に編纂する意義を満たしつつも、

 後世に残す価値のある歌を撰ばねば」

二の姫「やめませんか?」

黒髪娘「やめ……る?」

二の姫「歌を、贈りましょう」

黒髪娘「歌を……」

二の姫「帝が直接宣下を発する勅撰和歌集の撰者に

 女性が撰ばれたことはありません。

 しかし今回の歌集が、宣下ではなく私的なお声がけで、

 藤壺様の名の下に編纂されるとしても、

 わたしはやはり勅撰であると思うのです。

 ――余人の誰がそう思おうと、

 わたしは一人の歌を愛する女として

 女性が編纂する歌集を誇りに思います。

 我が友がらの。

 そう呼ぶことを許して頂ければ、黒髪の姫。

 あなたの編む歌集を誇りに思うのです」

黒髪娘「……友人、と」

二の姫「ですから」にこり

黒髪娘「……」

二の姫「恋の歌を詠みましょう。

 百の、いいえ。――千の歌を。

 四季の歌など、他の誰かに任せれば良いではありませんか。

 姫は、歌を贈ったのですか?

 ――その殿方に。

 ふられたなど嘆くのは、

 殿方のお気持ちに、姫の真実が届いくまで、

 千の歌を歌集にしてからでも遅くはありますまい」

――左京、野寺小路、右大臣下屋敷

男「こんばんわー」

下の兄「おや」

男「や、こんばんはっす」

下の兄「こんな時間に珍しい」

男「やはり、色々気になりますからね」

下の兄「あがりませんか? 今日は鮎が届いていますよ」

男「鮎ですか?」

下の兄「ええ。鮎です。召上がったことはありますか?

 香りの良い川魚です」

男「食べたことはありますが、ご馳走ですね」

下の兄「一緒に食べましょう。酒もありますし」

男「ではご馳走になります」

下の兄「誰か! 誰かある。酒肴の準備をいたせ」

下級女房「はい、ただいま」

男「世話になりますね」

下の兄「いやいや。道士さまのご機嫌伺いをするのも

 我が右大臣家のこれからのため。

 お気になさることはありませんよ」

男「下兄さんは、顔に似合わず黒いですよね」

下の兄「そんな事はありません。

 そもそもこの都とて唐から渡った四神相応で選ばれた場所。

 焼き物も、紙も、詩も先達の技を受け継ぎ

 作ったものですよ。

 道士と云えば、それら技術の優れたる後継者。

 客人として招き遇するは、名家の処世術です」

男「じゃ歓待ついでにもう一つ。

 俺のことは男と呼んで下さいよ」

下の兄「では、男さん」

男「その方が有り難いですね」

かたかた、しずしず。

下の兄「鮎が来ましたね」

男「ああ、上手そうな匂いだ」

下の兄「初夏の月を見ながらと行きましょう」

男「それはいいや」

男「ああ、これは美味い」

下の兄「いかがです?」

男「最高ですね」

下の兄「それは良かった」

男「……頼んでおいた銅鍋、どうです?」

下の兄「あがっておりますよ。ずいぶん大きいですね」

男「有り難いです」

下の兄「あの鍋をどう使うのです?」

男「米ではなく、麦から飴を作ろうかと思います」

下の兄「麦から? 米でなくとも水飴を作れるのですか?」

男「ええ、出来ますよ。麦の方が甘みの強い上質なものが

 作れると思います。反応精度の問題なんですけどね。

 ――いま程度の水飴だと甘味としてはちょっと

 不便ですからね」

下の兄「水飴ですか。面白いですね」

男「この館の皆さんにも手伝ってもらう予定ですから。

 作り方が確立したらその方法は右大臣家の財産と

 すると良いかと思いますよ」

下の兄「良いんですか?」

男「良いも悪いも。モノの作り方なんて

 秘していたところでいずれ漏れてゆくモノでしょう」

下の兄「しかしそれは……。秘法、秘術に類するモノです」

男「前にも云いましたが、故あって右大臣家に

 肩入れをするって決めてますからね」

下の兄「それは有り難いです。

 吉野の山で修験されていた男さんを

 引き合わせてくれたのは、やはり妹ですか?」

男「……」

下の兄「あれはわたし達の中ではもっとも聡明ですから。

 そういう意味で男さんの見立てに叶ったのですね」

男「どうでしょう。……そもそも俺は

 道士を語って這いますけれど、違うかもしれませんよ?」

下の兄「え?」

男「狐狸や妖怪の類かも知れない」

下の兄「ふむ……」

男「あはははっ」

下の兄「しかし、時にそのように思えることもあります。

 唐渡りの道士というよりも、ふだらく、須弥山のような

 なにか人界を越えた何かを感じます」

男「ないっすよ、そんなの」

下の兄「そうですか?」

男「狐狸かも知れないけれど、やっぱり人間ですよ」

下の兄「……」

男「依怙贔屓しますしね」

下の兄「……」

男「右大臣家ならば、桐壺のちょっかいからも

 一人娘を守りきれるでしょう?

 これは、そのための道具貸しだと思って貰えれば」

下の兄「肩入れだと考えておきます」

男「はい。……我ながら面倒くさいヤツだとは

 思うんですけど」

下の兄「道士でもままなりませんか?」

男「全然ですね。面倒くさいばかりですよ。

 というか、諦めないって云うのは

 どうあれ茨の道って気がしてます」

――藤壺、編纂のための借り部屋

二の姫「――道の辺の草深百合の花

     咲みに咲まししからに妻といふべしや」

黒髪娘「万葉七、作者未詳っ」

二の姫「はいっ」

友女房「墨すりあがりましたっ」

ばたばたっ

黒髪娘「――竹の葉に霰ふる夜はさらさらに

     独りはぬべき心地こそせぬ」

二の姫「ちょっと良いですね。霰(あられ)が

 竹の葉に当たるサラサラという音と

 “更(さら)に”がかけてあるんですね。

 一人では寝られない、なんてちょっと艶めかしい」

黒髪娘「そうであるな。和泉式部だが……。

 一人では寝られない、というのは感慨深い」

二の姫「ふふっ。一人では寝られないなんて気持ち

 一人“以外”で寝琉気持ちを識らなければ

 詠めない詩ですからね」

黒髪娘「むぅ」

二の姫「姫はどこでお知りになったのですか?」くすくすっ

黒髪娘「二の姫は最近わたしを虐める」 どーん

二の姫「そんな事はありません。黒髪の姫のことは

 親友だと思っていますから」

黒髪娘「大人っぽいからと云ってひどいな」

二の姫「あら。まだ13ですから。わたしの方が年下です」

黒髪娘「え?」

二の姫「年下ですよ?」

黒髪娘「と、友よ……。

 わたしはやはり愚かだった……。

 書物の産みに溺れて人として重要なことを

 何一つ学んではいなかった……」

友女房「姫、お気を確かにっ」 おろおろっ

しずしず。

藤壺の君「いかがですか? 黒髪の姫。二の姫。

 あら……これは……」

黒髪娘「ああ。藤壺の君」

二の姫「これは藤壺さま。

 このようなはしたない姿で、申し訳ありません」

藤壺の君「ふふふっ。もう、姫達。

 墨がついて、お転婆娘のようですよ」

友女房「済みません。わたしがついていながら」しゅん

藤壺の君「良いのですよ。姫が元気を出して下さって

 わたしもほっとしました」

黒髪娘「藤壺の君……」

二の姫「……」

藤壺の君「元はと云えば、わたしが歌会に

 無理にお招きしたがために持ち上がった撰者の仕事。

 姫には……想いを寄せる殿方もいたとの話。

 尚侍として本格的に出仕をしなければならぬとなれば

 縁も遠くなってしまいましょう……。

 わたしを恨めしく思われるのも仕方ないと

 諦めていたのです……」

黒髪娘「そんな。藤壺の君は、四阿に引きこもり

 俗世をたっていたわたしにも何くれと無く

 気遣って下さった恩人だ。

 感謝こそすれ、恨みに思うなどと」

二の姫「そこは恨んでも良いところです」

黒髪娘「二の姫っ!?」

藤壺の君「くすくすっ」

二の娘「そもそも恋の歌の恨み言など

 八割方は八つ当たりではないですか。

 境遇や相手の心変わりを恨むだけならまだしも

 神仏や天気や風や雪まで逆恨みする始末。

 挙げ句の果てには“月が綺麗で恨めしい”とか。

 そこまで取り乱すのが恋の歌です。

 撰者として、歌集に取り上げる

 恋の歌を撰ぶに当たって、

 それくらいの恋心は理解すべきでしょう。

 ね? 藤壺様」

藤壺の君「そうですねぇ……。

 つらい恋をしていれば神仏にすがり、

 恨みを抱いてしまうこともあるやも知れませんね」

黒髪娘「そうはいうが……」

二の姫「もう、秋の声が聞こえます。

 時もずいぶんおきましたが……黒髪の姫?」

黒髪娘「ん?」

二の姫「あちらの方はどうなっているのですか?」

黒髪娘「……相変わらずだ。

 同じ庵にいるし話しかければ雑談は出来るのだが。

 どこかぎくしゃくしてしまって……。

 やはり、嫌われてしまったのかも知れない」

藤壺の君「……どのような方なのですか?

 官位はいかがなのでしょう?

 忍んでいらっしゃるのですか?※」

黒髪娘「いや。官位はない」

二の姫「まさか!? 無冠なのですか!」

友女房「いえ、そのぅ……。男殿は何と言いますか」

黒髪娘「無冠と云えば、無冠なのだろうな。

 でも、それは云っても仕方ない。

 そもそも宮中に治まるような人ではないのだ」

藤壺の君「どういう事なのです?」

黒髪娘「うぅん。説明が難しいが……。

 ――狐狸か、神仙の類だな」

二の姫「それは……」

黒髪娘「冗談や韜晦ではないぞ」

※当時の恋愛は基本は家デートだった。男性は女性の

家へやってきて、女性の部屋で逢い引きした。

希に牛車デートやお出かけもあった模様。

藤壺の君「……」

黒髪娘「いや信じられぬのも仕方がないし

 信じて頂けなくとも、無理もない」

二の姫「わたしは信じます」

黒髪娘「信じて、くれるのか?」 ぱぁっ

二の姫「ええ。あれだけ表に出なかった黒髪の姫の

 頑なだった性格を花咲かせるように

 綻びさせてくださったのですから。

 それは神仙のような殿方だと思います」

友女房「それは二の姫と云え、余りに失礼なっ」

黒髪娘「は、は……花開く、というか……。

 その……触れたら、花開いてしまった。と云うか……」かぁっ

二の姫「黒髪の姫自身は照れ照れですわ」

友女房「あぅ。姫ぇ」

藤壺の君「そのような深い思いを抱いていらっしゃるなんて」

二の姫「心を決めたのならば

 向き合ってみればいいのです。

 真実の想いが伝わらないなんてあり得ません。

 伝わった後のことは、

 それこそ神仏しかご存じありませんけれど……」



黒髪の姫と恋に落ちた

彼女に毎日でもしてもらいたいのに言い出せない行為・・・フェラチオ


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